明治38年当時
「仁衛門どんとこの醤油は、いやぁうめえなぁ。」
そんな噂が立ち始めたのは、明治38年に、仁衛門どんが穀物商(いまでいう問屋)を創業してすぐのことじゃった。
この仁衛門どん。何より人を喜ばせることが大好きで、決して豊かではなかった時代に関わらず、自分の店の豊富な材料を使って醤油やみそを作り、近所の人々に配っていただよ。
人々はその手作り醤油やみそに大喜び。その笑顔が嬉しくて、また仁衛門どんはせっせと醤油やみそを作ったんじゃ。
醤油やみそを造るってことは、決して楽な仕事じゃない。
近所に配るなんてことも、見返りを期待せずにはできるもんじゃないんじゃが、仁衛門どんはそんな ことはとんと無頓着。ただただ人の喜ぶ顔みたさに、来る日も来る日も造り続けたんじゃな。
現在
そんなに仁衛門どんの人柄と、愛情がたっぷりつまったその味を、いつしか人は「日本一」というようになった。
”日本一の仁衛門の醤油”日本一のフジ山から名を頂き、その醤油を「フジニ」と名づけ、人々は末永く愛し続けた、というお話じゃ。
